創業39周年を迎えて
おはようございます^^
自社の問題解決力を見える化し展示会を成功に導く、展示会活用アドバイザーの大島節子です。
今日はもうすぐ雨が降り出す予報。雨と桜もまた良い絵になります。そんな早朝の大阪から今朝も展活タイムズをお届けします。
没落商家の夢を継いだ父と家族の軌跡
4月1日は私にとって、そして有限会社マルワ什器にとってとても大切な日です。マルワ什器の創業記念日。 1987年の4月1日、父・大島彰夫がこの会社を創業してから丸39年を迎えます。
今日はそんな父の挑戦と当時の私の少し複雑だった胸の内、そして感謝について書きたいと思います。
父のルーツと、小5の私が「飲み込んだ覚悟」
父は元々、江戸時代から続く商家の生まれでした。しかし戦後の混乱の中で家業は徐々に衰退し、父が若い頃に倒産してしまったそうです。その後はマネキンを作る会社で働きながらも、「商売人の家に生まれたからには、いつかは自分で創業したい」という夢をずっと胸に秘めていました。
私が生まれた時は、父はまだサラリーマン。創業したのは私が小学6年生になる年でした。その2年ほど前、私が小学5年生だった1985年頃のことです。 ずっと営業畑だった父が突然倉庫管理の部署へと異動になりました。その人事がよほどショックだったらしく父は体調を崩してしまったのです。
当時、母は家でタイプライターの仕事をしていました。しかし父がそんな状態になり「私が稼がなきゃ」と一念発起。専門学校でタイプライターを養成する仕事に就こうと着々と準備を進めていました。
ずっと家にいた母が昼間いなくなる。 まだ小学校に入るか入らないかの弟もいる中、当時の私にとって、その新しい生活を受け入れるのはそれなりの覚悟が必要でした。でも子供なりに必死で覚悟を決めたんです。「お母さんの代わりに家のことや弟のことは私に任せて!私ががんばるから!」と。専門学校で教える母を想像するとちょっと誇らしい気持ちもありました。
許せなかった突然の創業宣言
そんな私の決死の覚悟の矢先、父が突然こう言い出したのです。
「会社を辞めて創業するから、お母さんは就職せずに手伝ってくれ」
その言葉を聞いた瞬間、私は猛烈に腹が立ちました。許せなかったんです。 誤解しないでいただきたいのは、父の創業自体に反対だったわけではありません。私のあの「決死の覚悟」をいとも簡単にひっくり返されたことが許せなかった。「私がどれだけ悩んで、どんな思いで決断したと思ってんのよ!」と。
でも当時の私はまだ子供で、なぜ自分がこれほどまでに怒っているのか、うまく言葉で説明することができませんでした。 そして父もまた口下手で、なぜ創業なのか子供にもわかるように説明してはくれませんでした。それに父は元々とても繊細な人。私が泣いたりすれば父の方がもっとしんどくなってしまうことは子供心にもわかっていました。だから創業を止めはしましたが、泣くわけにもいかず、その怒りも悲しみも一旦、自分の中に飲み込んだのです。
苦労と不満、そして心からの「ありがとう」
それから商売が軌道に乗るまでの数年間、両親は本当によく働いていました。 がんばっているのは痛いほどわかる。でも家で「お金がない」という言葉を聞かされるたびに、私は心の中で「だから創業なんかするなって止めたんや」と悪態をついていました。
不満を抱えながらも、この大変な家族を少しでも円滑に回すために自分ができることを考えて動く。そんな少女時代でした。
私が父に心から感謝できるようになったのは、大学に行かせてもらえてからです。 父は昔から「女の子はちょっとアホなくらいのほうが可愛い」と言って私を育ててきたので、まさか自分が大学に行ける人生だなんて思っていませんでした。でも進学した高校がどうしても合わず「ここを最終学歴として残りの人生を送るのはたまらなく嫌だ。進学させてほしい」と頼み込みました。この時はおそらく母が強烈に押してくれたのだと思います。
念願叶って進学した大学では思う存分勉強に打ち込みました。 そして卒業式の日。私は父に向かって、心からこう言うことができたのです。
「大学に行かせてもらって、ありがとうございました」
そして卒業後、私はそのまま家業であるマルワ什器に入社しました。
営業マン・彰夫の功績と、特別な「50歳」
さて、ここで父の写真をご覧ください。



ご覧のとおり見た目だけは本当に良い人だったんです(笑)。 父はこの親しみやすい見た目を上手く活用して営業が得意でした。そのおかげでマルワ什器は順調に売上を伸ばし、私も弟も私立の大学に行かせてもらうことができました。 …そう、あの試練の2001年を迎えるまでは。
父がマルワ什器を創業した年齢は50歳でした。 だから私にとっても「50歳」という年齢はどこか特別な響きを持っています。私の50歳もあと2ヶ月で終わりますが、2冊目の出版決定や様々な出会いもあり、本当に記憶に残る特別な50歳を送ることができました。
39周年は「サンキュー」の1年に!
来年はいよいよマルワ什器創業40周年という大きな節目を迎えます。 その前の1年間である今年の39周年は「39(サンキュー)!」ということで、これまでお世話になったたくさんの方々に改めて感謝を伝える1年にしたいなと思っています♪
父の夢から始まり、家族で乗り越え、そして多くのお客様に支えられてきたマルワ什器。 39年目もどうぞよろしくお願いいたします。
今日もお読みいただきありがとうございます。

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